このページの先頭ですサイトメニューここから
このページの本文へ移動

  • くらしの情報
  • 子育て・教育
  • 健康・福祉・医療
  • 施設・窓口案内
  • 市政情報
  • 東村山の楽しみ方

サイトメニューここまで
現在のページ

トップページ の中の 市政情報 の中の 広報・広聴 の中の ピックアップ の中の 平成29年度のピックアップ の中の 平成30年新春対談「柳亭こみち師匠(落語家)×渡部尚(東村山市長)」 のページです。


本文ここから

平成30年新春対談「柳亭こみち師匠(落語家)×渡部尚(東村山市長)」

更新日:2018年1月5日

 明けましておめでとうございます。皆さんにおかれましては、健やかに新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 さて、「市報ひがしむらやま」1月1日号では、平成29年9月に落語家として最上位の真打ちに昇進した柳亭こみち師匠との対談をお届けします。
 こみち師匠は東村山育ちで南台小学校から富士見小学校、東村山第一中学校と進学し、会社員を経て落語の世界に入門しました。また、こみち師匠は2児の母でもあり、子育て真っ最中の働くお母さんです。対談では、落語家を目指したきっかけや厳しい修行時代、今後の抱負などについて、はなし家らしく時折ユーモアを交えながら語っていただきました。こみち師匠の人柄あふれる対談をぜひご覧ください。
(注記)平成29年8月30日の対談を再構成しています。

柳亭こみち「祝真打ち昇進 進め、落語界の大道へ!!」

市長:このたびは真打へのご昇進、誠におめでとうございます。また、本日はお越しいただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。
こみち師匠(以下、師匠):ありがとうございます。本日はよろしくお願いします。今まで私が市内で高座を勤めたとき、何度か市長がいらっしゃり、あいさつなどはしてくださいましたが、ずっと遠くから眺めることしかできなかった市長と、今日やっと間近でお話しができて、うれしいです。

いざ、落語の世界へ

市長:落語の世界に入ったきっかけは何ですか。
師匠:20代のころ、すでに会社員でしたけれど、当時興味のあることは全部やろう、会いたい人にはみんな会おうと思って生きていました。そんな折に、ひょんなことから柳家(やなぎや)小三治(こさんじ)、今の大師匠(師匠の師匠のこと)の高座を聞き、「このおじいさん、世界一おもしろい」と心が雷に打たれたような衝撃を受けました。普通の人ならそこから落語ファンになるのですけど、私はそうではなくて「私はこういうふうに生きたい、落語家になりたい」と思って。周りからは「よく決心したね」と言われますけど、決心するとか、悩むとかもなく自分でこうだと決めたら、人生のかじを大きく切っていました。
市長:人生で天職、天命に出会うことはある意味幸せなことですね。当時はまだ大師匠は人間国宝ではなかったでしょうけど、国宝級のおもしろさを見抜いたのは、こみち師匠に先見の明があったのではないですか。
師匠:私が入門した師匠の柳亭(りゅうてい)燕路(えんじ)は大師匠・小三治の5番目の弟子ですが、大師匠のやり方を継いでいまして、現代的なギャグが盛りだくさんのようなことはせず、落語直球勝負でお客さまに江戸の情景を味わっていただくという古典的なやり方をして寄席に出続けているという、はなし家らしいはなし家ですのでうちの師匠に入門しようと思いました。それで弟子入り志願の際、師匠にとってよく知らない人間が四六時中家にいるのは気持ち悪いだろうと思いまして、私は0歳から5歳まではこのように過ごして、小学生から高校生はこんな人間でしたと、人生の履歴書というか、自分の人生の特徴を書いて、それを手紙と共に持って行きました。
市長:それはユニークですね。「こみち」というお名前は燕路師匠が付けられたのですか。
師匠:そうです。大師匠・小三治の「小」と師匠・燕路の「路」をいただいて「こみち」です。柳家一門には「小〇〇」という者が大勢いるので、ひらがなの方が埋もれず、据わりがいい、また私の雰囲気に合っているとのことでひらがなになりました。二ツ目に昇進する際に、名前を変えても良かったのですが、「『こみち』という名が総画24画で落語家としてはこれ以上ない、いい画数だから変えない方がいい」と大師匠から言われまして、そのまま名乗ってきました。
市長:それで、今回の真打ち昇進でもお名前はこのままなのですね。名前は「こみち」ですが、こみち師匠には今後もぜひ落語の「大道」を歩まれることを期待しています。
師匠:この名前はうちの師匠が最高傑作として付けてくれましたから、私も名前に負けないように、これからも精進しようと思います。

大変だった修行時代

市長:「会社員」という別の世界から落語の世界に入られて、特に女性で、入門当時はまだ20代でしたからご苦労もなさったのではないですか。
師匠:入門した際に師匠からは「師匠の家を磨くことで自分の心を磨く」と言われて、入門した日から師匠の家でトイレ掃除も風呂掃除もやりました。雨の日も風の日も雪の日も、熱がある日も、睡眠不足の日も、体調が悪い日も、1年365日必ずやりましたね。前座時代には自分の意思や都合、体調などは関係なかったので、前座時代には休みが本当になく、寝不足が続いてもその寝不足を回復させるときは一度も訪れない。一度なった寝不足をずっと引きずったまま、4・5年間ただ走り続けましたので、体力的に本当にきつかったですね。
市長:途中で辞めたいと思ったことはないのですか。
師匠:実は前座の間は稽古をほとんどさせてもらえません。そうすると、「落語をやりたい、落語をやりたい」という気持ちがどんどん膨らみ、「二ツ目に昇進すれば落語を思う存分稽古できる」と夢見ながら前座時代を過ごしました。だからそこで辞めてしまっては落語をやりたくてはなし家になったのに、落語をできないままはなし家を辞めることになってしまうので、辞めようとは思いませんでした。
市長:すごいですね。そこまでしてでも落語をやりたいという思いが強かったのですね。
師匠:そうですね。ほかにも、修行時代に、「おはようございます」のあいさつを一日に何十回も稽古させられたことがあります。私たち芸人はあいさつがすべてと師匠から教わりますが、以前は朝、師匠に会ったときに、「おはようございます」と言って、そのまま立ち上がって台所や洗濯もの干しに行っていました。師匠が起床して一番に声をかけるのは私だったので、師匠から「お前のあいさつは俺の一日の切符だ。お前のあいさつの出来が悪く、俺の気分を損ねたら、俺の一日が台無しだ。俺の一日の気持ちがよくなるあいさつをしてくれ。」と言われ、「まずあいさつするときは人の目を見て頭を下げて、人の目を見てあいさつは終わるものだ。」と、稽古させられました。
市長:あいさつ一つ取っても、厳しい世界ですね。

こみち師匠の落語への想い

市長:持ちネタはどのくらいあるのですか。
師匠:120くらいですね。そのうちすぐにできるのは3割くらい、ちょっとお稽古するとできるのが3割くらい、一生懸命お稽古すればできるのが3割くらいですね。
市長:残りの1割は?
師匠:もう二度とやりたくないネタです(笑)
市長:こみち師匠が一番好きな話は何ですか。
師匠:難しいですね。そもそも落語はどれもすてきにできているので、話にいい印象を持てないとか、出来が悪いと私の責任になります。得意な話やよく高座にかける話をよく聞かれますけど、そこに名前が挙がらない話がかわいそうな気がして・・・。強いて言えばよく高座にかける話は「締め込み」という泥棒と夫婦の話や、入門して師匠が最初に教えてくれた「狸の札」という話ですね。この話は柳家のお家芸です。あと私は歌ったり踊ったりすることが大好きなので、歌や踊りがたくさん出てくる「稽古屋」という話ですね。
市長:ぜひ今度聞かせていただきたいですね。こみち師匠にとって、落語の魅力は何ですか。
師匠:落語の雰囲気そのものです。私は幸運なことに、師匠・燕路や大師匠・小三治の高座を聞いて雷に打たれたような経験をし、心をわしづかみにされ、ただ笑うだけではなく、心が温かくなる状況を思い浮かべて、幸せな気持ちになりました。人間のかわいらしさとか温かさとか悲しさとか、その人生の情愛のようなものを体いっぱいに感じて、本当に落語に包まれてこの空気を味わったときに、何とも言えない気持ちになりました。うちの師匠や、大師匠、それ以外にも多くの師匠の方々から落語の中の笑い所をすべて取り除くのも勉強になると言われました。
市長:なぜですか。
師匠:お客さまに落語の情景を味わってもらい、同じ長屋の空気を感じてもらう、笑い所を全部取り除いてもお客さまの心に残るものは本当に大きなものになると名人たちは口をそろえて言いますね。
市長:ドカンドカン笑わせるのも、はなし家としては本望でしょうが、本当の落語のすばらしさは、ただ笑わせるだけでなく、もっと大きな包み込むような世界を、語りだけで作り出すということなのでしょうか。
師匠:うちの師匠からいつも、お客さまは客席で落語を通してはなし家という人間を見ているのだと言われます。お客さまは鋭いですから、落語を通して私がどういう人間かを全部見透かしていると思います。実はそれがとても恐ろしいです。例えば家庭を持ったことで「この夫婦の話はこういう意味だったのか」とか、子どもを産んだことで「『寿限無』ってこんないい話だったのか」と何度も痛感しました。ですから家庭を持てたことで人生の経験値が少し上がったので、こんな私と結婚してくれた旦那さんに感謝しないと。
市長:人生経験を重ねることが落語の深みになっていくのですね。

こみち師匠のご家庭

市長:ご主人は漫才師の「宮田昇さん」と伺っています。落語家さんと漫才師さんがご夫婦というのは、全国でも珍しいですよね。
師匠:ほかにいないです。
市長:同じ演芸場で出演されて、そこで出会われたのですか。
師匠:そうではなくて、漫才師の野球チームや落語協会の野球チームがありまして、私は落語協会のチームに所属していました。当時はチームメイトの皆さんにあまり仕事がなかったので、毎月野球の試合をしていました。旦那さんは漫才師のチームに所属していまして、その野球の試合で知り合いました。そのときに、キャッチャーをやっていた旦那さんの「おはようございます」や「お疲れさまでした」、「しまっていこー」のあいさつが、誠実そうないい掛け声で天下一品でした。私は「この人、間違いなくいい人だ」ということをあいさつで見抜きまして、私の方からラブレターを書きました。
市長:では、こみち師匠の方からアタックされたのですね。何事にも積極的ですね(笑)
師匠:そうですね。今頃きっと旦那さんはこんな私と結婚したことを後悔しているだろうと思います(笑)
市長:ところでお子さんはおいくつですか。
師匠:4歳と1歳(対談時)です。まだ下の子が乳飲み子です。
市長:大変ですね、お子さんがいて真打ちになった女性落語家は日本初、いや世界初ではないですか。
師匠:2児の母としては初めてです。

市民のかたへメッセージ

市長:最後に、市民の皆さんにメッセージをお願いします。
師匠:東村山の皆さまに育てていただいたおかげで、真打ちになる運びとなりましたが、私はこれからが勝負でございます。私はいつも「夢は高座で恩返し」という言葉を色紙に書いております。今までたくさんのかたに高座の機会を与えていただき、そこにお客さまが足を運んでくださるという、いろいろな方々にいただいたご恩をどう返せるかと思うと、それはいい高座を勤めることしかできません。そのため、皆さまの心に少しでも残るいい高座を勤め、楽しい落語をする、これからそんな高座を勤めるとともに、東村山で皆さまに落語を聞いていただける機会を提供できますように、一生懸命頑張りたいと思います。
市長:今後真打ちとして、ますますのご活躍をお祈りさせていただきます。本日はどうもありがとうございました。
師匠:ありがとうございます。

このページに関するお問い合わせ

経営政策部秘書広報課
〒189-8501 東村山市本町1丁目2番地3 (東村山市役所本庁舎3階)
電話:市役所代表:042-393-5111(内線 秘書係:2013~2015 広報広聴係:2016~2018)  ファックス:042-393-9669
この担当課にメールを送る(新規ウィンドウを開きます)
経営政策部秘書広報課のページへ

本文ここまで


以下フッターです。
東村山市役所 〒189-8501 東京都東村山市本町1丁目2番地3 電話:042-393-5111(代表)

市役所への交通アクセス 窓口開設時間

Copyright © Higashimurayama City. All rights reserved.
フッターここまでこのページのトップに戻る