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東村山50景 35~50

更新日:2014年10月26日

風景カテゴリー:歴史・文化遺産との共存

35.秋津の鎮守の杜 秋津神社


秋津の鎮守の杜 秋津神社

所在地:秋津町5丁目 秋津神社

秋津神社の本殿は東村山市の有形文化財に指定されている。創建年代は不詳だが、江戸時代前期に不動明王像が安置され、住民からは「秋津不動」や「お不動様」の名で親しまれる。
昭和52年に建造されたお不動様の石仏が境内奥に祀られている。祭神はヤマトタケルノミコト。
秋津神社例大祭は、曜日に関係なく毎年7月27、28日に行われ、多くの地域住民でにぎわう。
裏手の崖下には湧水がある。JR武蔵野線の工事が始まるまでは池を形成しており、その中の小島にも祠があった。
この一帯は柳瀬川に向けて西武線の土手まで田んぼが続く珍しい風景だったが、今では秋津公園のこの池がその名残となっている。武蔵野扇状地の地下水が湧出する場所として貴重な風景のひとつである。

36.金山神社例大祭


金山神社例大祭

所在地:廻田町4丁目 金山神社

金山神社で毎年9月に行われる秋の例大祭には山車が出て、にぎやかなお囃子で盛り上がる。
多摩湖町と廻田町の南北を貫くみどりの散歩道ラインの中間地点にあり、北は廻田緑道、南はハナミズキが植栽されている金山通りとつながる、バス通りとの交差点にある。これらの道は金山神社につながっており、周辺住民の主要な生活動線となっている。

37.鎌倉の戦乱伝える徳蔵寺


鎌倉の戦乱伝える徳蔵寺

所在地:諏訪町1丁目 徳蔵寺

徳蔵寺は臨済宗のお寺で、創立は永禄3年(1560年)、開山は元和年間(1615~1624年)と伝えられている。
新田義貞軍と鎌倉幕府軍との戦いで命を落とした3人の武将を供養した碑「元弘の碑」(国指定重要文化財)などを展示しているのが徳蔵寺板碑保存館。
かつて「ちらかし寺」と呼ばれたほど多くの考古・民俗資料を、本堂に向かう参道脇に建っている保存館に保管している。秋の彼岸中には保存会を中心に板碑供養が実施されている。
新田義貞ゆかりの地をめぐる旅の中で、徳蔵寺はその見所のひとつとなっている。

38.久米川町の氏神様と祭りの風景


久米川町の氏神様と祭りの風景

所在地:久米川町3丁目 野際神社、久米川町5丁目 熊野神社

熊野神社は境内から応永32年(1425年)銘の鰐口が掘り出されたことから、鎌倉・室町時代から本殿があったと考えられている。春と秋には例大祭が行われ、久米川町囃子連によるお囃子が続けられている。
熊野神社と並ぶもうひとつの久米川町の氏神様である野際神社。元々は現在の東村山高校の場所にあり、江戸時代後期の天保8年(1837年)のものといわれる祠の重厚な彫り物が歴史を感じさせる。
毎年7月中旬には熊野神社と野際神社の間を山車と大太鼓が往復する天王様のお祭りが行われ、2日間に渡り久米川町中が老若男女でにぎわう。氏神様と地域住民とのふれあいを窺うことができる。

39.地蔵まつりと人々の絆


地蔵まつりと人々の絆

所在地:野口町4丁目 正福寺

晩秋11月3日、国宝・正福寺地蔵堂(1407年建立)で行われる開眼法要の風景。
「千体地蔵堂」は、北条時宗が病になった際、地蔵菩薩が夢枕に現れ、丸薬を授けたという伝説にあやかって寄進された手掘りの小地蔵尊像を収蔵した御堂である。
今なお残る大量の小地蔵は、地蔵信仰を通じた当時の人々のつながりや絆そのものであり、その名残は現代でも「地蔵まつり」に受け継がれている。

40.大善院節分祭


大善院節分祭

所在地:野口町4丁目 大善院

大善院の節分祭の風景
節分祭は、古くから続く地元近隣の手作りのお祭り。
護摩だき、豆まき、お囃子演奏、餅つきなど、ひとつひとつが近隣の持ち寄りで成り立っている。
豆まきには、尾上部屋の力士も毎年参加される。

41.小さなお地蔵さんや石碑が佇む風景


小さなお地蔵さんや石碑が佇む風景

所在地:市内随所

市内随所にみられるお地蔵さんや石碑の数々。病苦の身代わりや子育て、厄除け、延命、交通安全、平和など様々なことに祈願されており、きれいに清掃され、お花やお供え物も欠かさず置いてある。
時折、念仏も唱えられ、信仰の篤さを感じさせる。先人の建てたものを理解し、残していきたい風景である。

42.鎮守の杜の小学校


鎮守の杜の小学校

所在地:諏訪町1丁目 市立化成小学校、諏訪神社

化成小学校は明治7年の創立(開校は明治8年)から平成26年で140周年を迎えた、多摩地区の中でも古い歴史を持つ学校である。開校当初から校舎には諏訪神社境内の一部が使われており、明治38年には神社の木々が学校の敷地に組み込まれたという経緯から、現在も校内のあちこちに大木が立っている。
境内が縮小された諏訪神社は現在の場所に社殿と鳥居を移すことになったが、小学校に隣接する周辺は木々に囲まれ、今なお鎮守の杜の風格を漂わせている。

43.掴め!福呼ぶ当たり団子


掴め!福呼ぶ当たり団子

所在地:諏訪町1丁目 諏訪神社 

諏訪神社の例大祭は毎年8月26、27日に行われる。
27日午後8時30分ごろ「花咲か爺さんの団子まき」が行われ、境内は熱気に包まれ大いに盛り上がる。
境内には花飾りや提灯をつけたやぐらが立ち、舞台ではお囃子が奉納され、大きな山車が市内を練り歩く。
盆踊りや立ち並ぶ屋台に、多くの人が集まりにぎわう。
諏訪神社は、タケミナカタノミコト(おすわさま)を祀り、諏訪町の名前の由来となっている。

44.緑豊かな「人権の森」多磨全生園


緑豊かな「人権の森」多磨全生園

所在地:青葉町4丁目 国立療養所多磨全生園

東村山市には、東京で唯一の国立ハンセン病療養所「多磨全生園」がある。ハンセン病は不治の病だと恐れられ、過酷な差別と国の強制隔離政策による筆舌に尽くしがたい苦痛を受けてきた入所者の方々は、故郷の山河や家族への思いを託し、萎えた手に力を込め、252種3万本の木々を植え、豊かな森へと育ててきた。
平成21年(2009年)の開園100周年を機に、多磨全生園入所者自治会と市は、園の歴史、緑、建造物のすべてを「人権の森」、国民共有の財産として未来に受け継ぐことを宣言し、「いのちとこころの人権の森宣言」の碑を建立した。
これらの活動によって、今や多くの市民の方々のオアシスとして親しまれ、また人権教育の場として、多磨全生園は守り続けられている。

45.村の鎮守 氷川神社


村の鎮守 氷川神社

所在地:秋津町4丁目 氷川神社

秋津氷川神社は、秋津村真言宗竜泉寺の境内社として弘仁9年(818年)に祀られたといわれているが、現在の社殿は昭和59年9月に再建されたもので、赤塗りの色鮮やかな建物となっている。
例大祭は毎年10月第1日曜日に行われる。
山車が秋津町を練り歩き、夜は輪踊りでにぎわう。秋の夜長、やぐらを囲んでたくさんの人が踊りを楽しむ。

46.例大祭が繋ぐまちと人々の輪


例大祭が繋ぐまちと人々の輪

所在地:栄町3丁目 八坂神社本社~野口町4丁目 八坂神社御仮社

八坂神社例大祭は7月中旬に行われる、東村山を代表する大きなの祭りのひとつ。
大太鼓の地響きのような音を先頭に、勇壮な神輿、山車が続く。山車は囃子、獅子、天狐などの踊りで盛り上がり、真夏の2日間を約10km各町内を練り歩く。ここまで長距離を歩く祭りは全国でも珍しいという。
八坂神社の一年は、元旦の初詣から始まり、夏の例大祭、七五三、お宮参りなど、季節ごとの行事に彩られており、市民の生活の中の大切な総鎮守となっている。

47.歴史の記憶 大岱稲荷神社


歴史の記憶 大岱稲荷神社

所在地:恩多町3・4丁目 大岱稲荷神社

明治初期、大岱小学校の前身である「熊谷県管内大岱学校」(のちの化成小学校分教場)が稲荷神社敷地内にあった。校門前を江戸時代に開削された伊豆殿堀(野火止用水)が流れ、子どもたちは毎日ここに架かる橋を渡って登校した。低い親柱に「がっかうばし」と刻んであり、周りに貝がらで囲った模様がある。いかにも手作りで、当時の人が気持ちを込めて作ったことが偲ばれる。この橋もまた歴史文化財に匹敵する貴重な橋である。
恩多町は江戸時代の半ばには既に大岱村と呼ばれており、現在は小学校にその字を残している。
大岱村の鎮守様、稲荷神社は江戸時代の寛延年間(1748年~1751年)に建立された、五穀豊穣の神を祀る神社。毎年4月に春季例大祭が、9月に秋季例大祭が行われている。

風景カテゴリー:その他

48.お祭りは最高潮に!


お祭りは最高潮に!

所在地:本町1丁目

大勢の市民でにぎわう市民産業まつりと、うどんとよさこいで盛り上がるどんこい祭。
インディペンデンス通りを山車や神輿が練り歩き、お祭りは最高潮に!
市内一番の人出があるお祭り。

49.団署一体でまちを守る風景


団署一体でまちを守る風景

所在地:市内全域

毎年1月10日に行われる消防署と消防団による出初式。
1年の初めにあたり、防火・防災意識の啓発を行うだけでなく、危険の伴う災害現場で活動する消防署員・消防団員にとっては、その安全祈願の意味でも欠かすことの出来ない重要な行事のひとつとなっている。
「わがまちを災害から守る」という使命感のもと、市民の生命・財産、国宝などの文化財を守る消防署と消防団が一体となって活動する風景。

50.東村山から見る風景


東村山から見る風景

東村山市内からの風景

東村山市内から見える風景には、特筆すべきものが多い。
周辺市域へのびる風景の連なりとしての「借景」も、重要な景観要素のひとつなのである。
風景に境目はない。遠くけぶる富士も、鏡のごとく静まる湖面も、すべては暮らしの幸福につながっている。

東村山50景に準ずる風景 1~12へ

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