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東村山市名誉市民

更新日:2016年4月1日

 東村山市名誉市民条例(昭和55年3月31日施行)に基づき、市民又は市に縁故が深い方で、公共の福祉の増進、学術技芸その他広く社会文化の興隆に寄与し、その功績が卓絶で市民が郷土の誇りとし、かつ、深く尊厳に値いすると認めた方に対して市長が議会の同意を得て選定しております。

太田 芳郎氏

 平成3年11月、市議会で同意を得て東村山市名誉市民の称号をお贈りしました。太田氏は明治33年新潟県生まれで、平成6年3月逝去。
 大正13年から昭和5年にかけて、世界的に有名なテニス選手として活躍され、日本テニス界の発展育成に貢献されました。東村山には、昭和31年から12年間にわたり東村山市教育委員会委員長として、当時の世相を反映した多くの諸課題に対応されました。
 昭和39年には、東村山市体育協会の創設に尽力され、10年間会長としてその基礎を培われました。その努力により体育協会は昭和47年には文部大臣賞を、昭和51年には内閣総理大臣賞を受賞するに至り、氏の労苦を初心として着実に発展を遂げました。
 昭和51年には東村山市体育協会と柏崎体育団はスポーツ姉妹提携を、さらにその後姉妹都市として提携し現在に至っております。柏崎市と当市の友好については、同氏との深いつながりでスタートしたもので あり、今日広く両市の市民が相互に友好親善を深めるに至ったことは同氏の功績によるものであります。

熊木 令次氏

 平成16年12月市議会で同意を得て東村山市名誉市民の称号をお贈りしました。熊木氏は大正11年東村山市生まれで、平成27年10月24日逝去。
 昭和42年東村山市長に選任されて以来、4期16年にわたり「人と自然が調和し、豊かさと心ふれあうやすらぎのまちづくり」を基本理念とし、都市基盤、生活環境の整備をはじめ福祉の充実と健康の増進、教育文化の向上等、積極的に取り組み、推進してこられました。任期中には、福祉施策では昭和46年全国に先がけて開始した東村山方式と呼ばれるねたきり老人訪問看護システムは多くの自治体の注目を集めました。
 市民のスポーツ振興策では運動公園の整備や市民スポーツセンターを建設し、スポーツを通じて市民相互の連帯を強めるよう尽力されました。昭和49年全国で3番目の「スポーツ都市」を宣言、市民ぐるみのスポーツ愛好により、健康の増進と体力の向上を図りました。
 また、全国市長会では経済建設分科会委員長等を歴任、地方自治の確立のために尽力されました。昭和53年から2年間は東京都市長会会長として多摩地区の地方自治体の諸課題に取り組み、取りまとめる大役を果されました。
 市長退任後、平成13年まで東村山市国際友好協会会長として国際交流に尽力、東村山明るい社会をつくる会会長、青少年対策地区連絡協議会等の支援、東村山市体育協会名誉会長、緑を守る会市民協議会顧問、“トトロの家を東村山へ”市民の会会長として幅広く活躍されました。
 また、社会福祉法人理事等市内の福祉を支える高潔かつ地道な活動も継続されました。各方面にわたり市民活動におけるリーダー・シンボル的存在として東村山のために多大なるご尽力をいただきました。

このページに関するお問い合わせ

経営政策部秘書広報課
〒189-8501 東村山市本町1丁目2番地3 (東村山市役所本庁舎3階)
電話:市役所代表:042-393-5111(内線 秘書係:2013~2015 広報広聴係:2016~2018)  ファックス:042-393-9669
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