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旅ーたび

更新日:2011年2月15日

会期:平成10年11月24日(火曜)から2月21日(日曜)

ふるさと歴史館は、平成8年の秋に開館しました。そのときの特別展から秋の展示は、「みち」と関係するものをということで昨年の「鉄道」展をへて今回の「旅ーたび」に決まりました。
 人間が移動するところに「旅」は発生するので、縄文時代から旅は人の生活とは無縁ではありませんでした。遠い昔から食物を採るための旅、税を納める旅、戦いへの旅、歌を詠むための旅。こうした旅を多くの人々が、歴史の中で歩んできました。
 今回はその中でも江戸時代以降の旅に光をあてました。江戸時代に入ると庶民の旅が多くなりますが、今とは違い、思い立てばいつでも旅にというわけではありません。けれども多くのわずらわしい雑事をへてまで旅に出た庶民のエネルギーには目をみはるものがあります。
 特に伊勢参りなどは爆発的な流行をみせ、人々はこぞって参拝に訪れました。また信仰の旅は、巡礼のような形でも庶民に受け入れられ、多くの社寺に足を運びました。そして、湯治の旅もわすれてはいけない旅の姿です。農閑期を利用して湯治場への療養の旅に出かけました。
 このように昔の旅は、現在とは違う部分が多くあります。けれども旅へのあこがれやしたく、旅行案内、おみやげなど今に通じるものがたくさんあると思います。さあ、この展示で昔の人と一緒に旅をしてみてください。

旅へのあこがれ

 今の昔も旅に出る前の準備として、行く先のことを詳しく調べたりしました。特に江戸時代の旅は、徒歩でしたので目的地までの道程や途中の宿など今より多くの情報を集めなければなりませんでした。庶民の旅が一般的になった江戸時代半ばごろからは、道中記などの今でいうガイドのようなものや「東海道名所図会」「木曽名所図会」などの名所図会が発行され、人々に読まれました。
 また、そのような社会背景のなかで、道中双六も盛んにつくられるようになり、街道や宿場の風景や名物などがその中に描かれました。

旅立ち

旅のすがた・道具

 私たちが旅行をする時、動きやすい服装をし、荷物はできるだけ少なくコンパクトにまとめます。自動車や電車など交通機関が発達した現代の旅行でさえそうなのですから、基本的に歩いて旅をしなければならなかった江戸時代ではなおのこと服装や荷物に気をつける必要があったため、いろいろな工夫がなされました。
 右の写真のように昔の旅人は裾をまくりあげた小袖(こそで)をまとい股引(ももひき)をはき、動きやすいように手甲(てっこう)や脚絆(きゃはん)をはめていました。また頭には菅笠(すげがさ)や三度笠をかぶり、足には足袋(たび)、草鞋(わらじ)を履き、場合によっては道中合羽(どうちゅうがっぱ)や半合羽なども身にまといました。旅に必要な道具は、小銭入れの早道(はやみち)や、煙管(きせる)入れ、筆を入れた矢立て(やだて)、小物入れの胴乱(どうらん)、脇差しなどを腰につけ、ろうそくや提灯(ちょうちん)、火打ち石、折りたたみ式の枕(まくら)、ろうそく立て、薬、磁石、ハサミ・耳かき・千枚どうしなどがセットになった旅用七つ道具などは振り分け荷物の行李(こうり)や風呂敷(ふろしき)などに入れて持ち運びました。

旅の目的ー巡礼

狭山三十三観音を中心とした展示写真
狭山三十三観音めぐりを中心に紹介、展示。

観音霊場とは、観音菩薩の霊験あらたかな場所のことを示します。三十三観音の姿で功徳を与えてくれるというもので、実際には、観音菩薩にゆかりの深い寺院三十三か所を定めて 組織化し、それらをめぐることを巡礼といいました。 狭山三十三観音は、所沢の金乗院(別名山口観音)の住職が、同じ所沢の三ヶ島妙善院の住職と一緒に始めました。この狭山三十三ヶ所の札所になっているお寺を御朱印とともに写真 で展示しました。

旅の目的ーお参り

 お参りには、伊勢神宮に代表されるように代参という講をつくり、その代表がお参りにゆくというシステムがあります。戸隠神社、大山神社、御岳神社など多くの講中が、つくられました。

旅の目的ー湯治

 旅の目的として信仰と同じように多くの人々が、温泉へ訪れました。温泉への旅行は、現代のように1、2泊でなく、短くても10日、長ければ2、3ヶ月ということもありました。このため、農閑期の時期に多く旅行されたようです。

旅の目的ー土産と名物

 私たちは、現在旅みやげと聞いて思い出すのは、「おまんじゅう」や「だんご」・「○○餅」などのお菓子類ですが、このおみやげの歴史は以外に新しいものです。これらのものは、旅先の名物として、茶店で味わうものであって、何日も歩いて帰る旅のみやげには不向きでした。歩く旅の頃のみやげは、「工芸品」やその土地の「薬」など、軽くこわれにくいものが選ばれました。
 では、「おまんじゅう」や「だんご」などが、おみやげになったのは、いつごろからでしょうか。文明開化の明治時代、汽車などの交通の発達により食べ物をみやげとしてもって帰ることが可能になり、今に至っています。

このページに関するお問い合わせ

教育部ふるさと歴史館
〒189-0021 東村山市諏訪町1丁目6番地3
電話:直通:042-396-3800  ファックス:042-396-7600
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