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平成31年新春対談「矢部太郎さん(お笑い芸人)×渡部尚(東村山市長)

更新日:2018年12月28日

市報1面表紙

 明けましておめでとうございます。皆さんにおかれましては、健やかに新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 さて、市報1月1日号では、平成30年6月に自身の借家の1階に住む大家さんとの日常の交流を描いた漫画「大家さんと僕」で朝日新聞社主催の手塚治虫文化賞短編賞を受賞した矢部太郎さんとの対談をお届けします。対談では東村山での思い出や絵本作家の父とのエピソード、憧れの志村けんさんの話に加え、話題作「大家さんと僕」の大家さんとの交流や漫画の制作秘話などを語っていただきました。矢部さんの人柄あふれる対談をぜひご覧ください。
(注記)平成30年10月23日の対談を再構成しています。

「市長と僕」の新春対談!!

市長:このたびは手塚治虫文化賞の受賞、誠におめでとうございます。私も「大家さんと僕」を読みましたが受賞しただけあって本当におもしろくていい作品だと思います。
矢部さん(以下、矢部):ありがとうございます。光栄です。僕もこの賞のほかの受賞作品を結構読んでいて、尊敬し、影響を受けた作品ばかりです。しかも僕は手塚治虫先生のファンクラブに入っていました。僕にとって手塚先生は神様なので、やはり受賞は本当に嬉しいですね。

幼少期・少年時代の思い出

市長:矢部さんのお父様は絵本作家で、矢部さんも子どものころから絵を描かれたのですか。
矢部:父が家で仕事をしているのを身近で見ていたし、子どものころは一緒にスケッチに行っていました。例えば父はごはんを食べる前に初物や旬物のおかずをスケッチしていましたが、描き終わるまで僕らは待っているので、結局おかずが冷めてしまう。そのように絵が身近にある環境ではありました。絵を描くのは好きですが、絵の描き方を父から教わったこともなく、今までずっと描いていたわけではないです。
市長:平成30年9月24日日に北山公園から生中継された、民放テレビの気象コーナーに先立って、東村山を象徴した絵をいろいろと描いていただきました。決して上手な絵ではないのかもしれないですが、味わい深いと言うか、例えば北山公園の稲刈りの絵も、ご自身の体験をもとに描かれていると思うと雰囲気が出ていると感じます。
矢部:北山公園は実家から近いので小さいころはよくザリガニを取ったり、八国山にはよく父とつくしを採りに行きました。ビニール袋にいっぱい詰めて持って帰ってつくだ煮にして食べました。
市長:八国山で採ったつくしでつくだ煮を作って食べていたというのはちょっと、いや、かなり驚きですね。
矢部:えー!?僕にとって八国山はつくしの名産地ですよ。
市長:(笑)。子どものころは自然の中でたくましく育ったのですね。
矢部:逆に中学では読書に夢中になって、中央図書館や移動図書館をよく利用していました。移動図書館はあの車の形がユニークだったのと「本がやって来る」という感じが大好きでした。それから化成小学校前の福祉作業所の前で本のバザーをやっていたので、よく利用しました。市民のかたから寄贈された本が、全て100円均一で売られていて、僕はかなり本を購入しました。
市長:中学生のころはどういう作品が好きでしたか。
矢部:漫画だとやはり手塚先生の作品や本だと純文学の作品から太宰治先生や夏目漱石先生や筒井康隆先生の作品を読んでいました。

北山公園の四季
四季の情景の中には少年時代からおじいちゃんになるまでの矢部さんが

東村山の直売所
東村山の直売所にいつか「八国山産のつくし」が並ぶかも・・・!?

大家さんとの出会い・交流

市長:お笑いの世界に入り、大家さんの家に住む前は、賃借している家をテレビのロケで激しく使い契約の更新を断られ、大家さんの家の2階に住み始めたと聞きましたが、最初に大家さんと会ったときはどのような印象でしたか。
矢部:一言目に「ごきげんよう」とあいさつされて、すごく衝撃でしたね。戦前にタイムスリップしたような感覚でした。大家さんは2階の住人とは仲よくしたいと思っていたようです。僕は仕事が忙しくなく、大家さんのお誘いをほとんど受けることができたので、親しくさせてもらいました。
市長:大家さんも太宰先生や芥川先生の小説がお好きとのことで、文学少年だった矢部さんと話が合ったのではないですか。
矢部:女学生のころから読書が好きなかただったので、話はよく合いました。大家さんは芥川賞の受賞作や話題作をよく読んでいましたね。僕の単行本が出た時も、大家さんから「本屋で買ってきてほしい本があります。」とお使いを頼まれて、僕は「僕の漫画を買ってくれるのかな。」と思って「何の本ですか。」とニヤニヤしながら聞いたら…。
市長:聞いたら?
矢部:ノーベル文学賞を受賞されたカズオイシグロ先生の本でした(笑)。
市長:(笑)。勝手ながら矢部さんのイメージとして、同世代の同性異性よりも大家さんくらいの年ごろのかたとの方が仲はよさそうですね。
矢部:確かに大家さんの方が話は合いましたね。でもあそこに住んだら、誰もが大家さんに魅了されたと思いますよ。

「大家さんと僕」制作秘話

市長:大家さんとの交流を漫画で描こうとしたきっかけは何でしたか。
矢部:大家さんと喫茶店でお茶をしていたら知り合いの漫画原作者の先生と偶然会い、大家さんを紹介したら「都会の孤独な青年と孤独な老人の温かい交流を見た。これは作品化した方がいいよ。」と勧められました。今までのエピソードを絵に描いたら、先生から「絵は下手だけど味があっていいね。」と言ってもらい、そこからとんとん拍子に先生に出版社との段取りなどもしていただき、実現しました。
市長:漫画の作品化にあたって、話の構成の仕方としてほんわかする感じや、大家さんの孤独さや矢部さんの孤独さが伝わってきて、その2人が交流しつつ、かみ合っているようで最後にオチもあって、そこがおもしろいと思いましてね。矢部さんにとって漫画の構成を思いついたときは、「漫画の神様が降りてきた」という感じですか。
矢部:大家さんと実際にあったことを思い出して僕なりに描いています。例えば漫画のテンポも大家さんと話すときはゆっくりのテンポだから、それをそのまま再現しました。
市長:連載のスケジュールは忙しいのですか。
矢部:最初の連載は月刊だったので月に4ページで楽でしたが、その後週刊新潮に移籍し急に忙しくなってしまって…。新潮社も人気が出たからって、結構ちゃっかりしていますよね(笑)。
市長:大家さんに作品を見せたり感想をもらったりなどはありましたか。
矢部:自身の登場について喜んでいたけれど、「私の髪型、こんなに大きくない。」とダメ出しをされました(笑)。あと大家さんが「漫画だと『のらくろ』や『フクちゃん』が好き。」と言っていました。描く以上は大家さんに読んでもらうことが大前提だったので、作風も古風な感じにし、コマ割りも簡単にするなどしています。
市長:最初の読者は大家さんという設定で描かれていたのですね。だからすごく優しさが伝わるような漫画だと思いました。
矢部:大家さんに直接言えないことも描いていますから、ある意味ラブレターのようなものですね。ですから大家さんには「大家さんと僕」の単行本を差し上げることができて、また受賞の報告もできて本当によかったです。大家さんとは僕が入居してからいろいろと交流させてもらい、その後僕が成長して独り立ちできたところも見せられたと感じています。
市長:そもそもこの漫画はいくつもの出会いという偶然が重なって生まれた作品だとお聞きして、人と人の出会いの不思議さはすごいと思いました。大家さんと出会って、漫画原作者の先生から勧められて漫画を描いたら大ヒットして、賞まで受賞されて、持って生まれた絵の才能や実力もあるのでしょうが、それ以上に人との出会いを大切にして漫画という一つの作品を完成させたことがすばらしいですね。
矢部:大家さんがいて、周りのかたがいて、勧めてくれたかたがいて、父の影響もあるし、出版社のかたもいて、不思議な縁というか僕だけでは絶対に描けなかった作品です。大家さんが亡くなったことは非常に残念ですが、漫画を多くのかたに読んでもらい、温かい言葉もかけてもらい、そこからいろいろと学ぶこともあって、僕だけではなく皆さん何かしら辛い思いを抱えていても前向きに生きていて、世界はそういうもので満ちているのだと感じました。
市長:深い言葉ですね。今言ったことが作品に反映されるとより一層すばらしい作品になると思います。
矢部:大家さんとの話はもう一冊単行本で発行するつもりなので、絶対に描き上げたいと思っています。

大家さんの矢部さんの似顔絵
大家さんとの出会いがすべての始まり

単行本を持った矢部さん
単行本は矢部さん自ら大家さんにプレゼントしたそうです

今後の活動

市長:これからも芸人と漫画家の二足のわらじなのですか。それとも、大家さんとの交流以外の作品を描く予定はないのですか。
矢部:漫画を描いてみたらすごく楽しかったのでほかの作品も描きたいと思って、今、本の表紙の装画など少しずつ描いています。これから何でもやりたいです。
市長:矢部さんにはこれからも漫画を描き続けていただいて、テレビでは過激なことされているので、けがをしないように気を付けてください。
矢部:(笑)。そうですね、また過激なことをさせられたら、それも漫画に描きます(笑)。
市長:志村けんさんに続き、矢部さんが東村山の子どもたちに「矢部太郎と言えば東村山」と思ってもらえるよう、頑張ってください。
矢部:いやいや(笑)、でもそうなると「東村山音頭」に並ぶ「東村山物語」も描かないといけないですね。僕は東村山が大好きですし、ここで育ったので、ぜひ作品化をしたいです。実は父との思い出話の漫画化を考えていて、それは東村山が舞台になると思います。
市長:ぜひ読んでみたいですね。私もキャラクターとして使ってくださって結構です。
矢部:いいんですか。ありがとうございます。

市長の似顔絵
即興で描いてもらった市長の似顔絵

憧れの存在・志村けんさん

市長:東村山といえばやはり志村けんさん、それから矢部さんの出身校の四中の先輩でネプチューンの原田泰造さんなど、お笑いにゆかりのあるかたが結構います。東村山とお笑いは直接関係ないと思いますが、矢部さんから見てどう思いますか。
矢部:やはり志村さんの存在は大きいと思いますね。周りの人に「僕は東村山の出身です。」と言うと、ほとんどのかたに「あの志村さんの?」と知ってもらえています。例えばブラジルの子どもたちがペレに憧れてサッカーを始めるように、僕がお笑いの道に進んだ理由として、お笑いを職業にすることを想像できたのは、潜在的に志村さんがいたからだと思います。逆に志村さんがいなかったらそういう発想は出なかったです。
市長:いくら入江さんに誘われても?
矢部:ないですね(笑)。子どもたちが志村けんの木を見るたび、東村山音頭を踊るたび、だいじょぶだァー饅頭を食べるたびに、志村さんが大きな夢を与えていると思います。

志村けんさん
憧れの存在だけあって、表情も生き生きしています

市民のかたへメッセージ

市長:最後に市民のかたへメッセージをお願いします。
矢部:東村山の皆さんのおかげで、お笑いをやらせていただいたり、漫画を描かせていただいています。いつか東村山駅の「志村けんの木」の隣に「矢部太郎の草」を植えていただけるよう頑張りますので、これからも応援よろしくお願いします。
市長:草…(笑)。お笑いの世界でも漫画の世界でも、今後ますます大活躍されることを心からお祈りしています。
矢部:ありがとうございます。頑張ります。

対談風景
芸人らしく、周囲の笑いを誘うような対談でした

矢部太郎さん プロフィール

矢部さんと受賞トロフィー
手塚治虫文化賞受賞のトロフィーとともに

  • 吉本興業株式会社所属のお笑い芸人
  • 昭和52年6月30日東村山市生まれ 父は当市在住の絵本作家やべみつのり氏
  • 東村山市立回田小学校、東村山第四中学校卒業
  • 大学在学中に高校の同級生だった入江慎也氏と再会し、お笑いコンビ「カラテカ」を結成(ボケ担当)
  • 平成19年に気象予報士の資格を取得
  • 平成28年から「小説新潮」に漫画「大家さんと僕」を連載
  • 平成29年10月に「大家さんと僕」の単行本を発行
  • 平成30年6月に朝日新聞社主催の「第22回手塚治虫文化賞」短編賞を受賞、本職の漫画家以外の受賞は初快挙
  • 平成30年10月に出版された、現役中学生作家鈴木るりか氏の最新作「14歳、明日の時間割」の表紙を装画

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