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無形民俗文化財「まつりばやし」

更新日:2019年8月2日

産業祭の様子
産業祭での山車の巡行

 無形民俗文化財として指定している祭囃子は、現在、市内の6つの団体が担っています。
 東村山は、西から廻り田村、野口村、久米川村、大岱村、南秋津村の5つの村が合併して生まれました(1889年に「東村山村」が誕生しました。下の図を参照してください)。
 祭囃子の団体はこの5つの旧村域に1団体ずつあり、野口村にだけもう1団体ある形です。
 各団体はそれぞれの地域の神社等のお祭りで活躍しています。

  • 廻り田村→廻田囃子連
  • 野口村→野口八坂神社囃子連の会
  • 野口村(西宿)→西宿囃子保存会
  • 久米川村→久米川囃子連
  • 大岱村→大岱稲荷神社祭囃子保存会
  • 南秋津村→秋津町祭囃子保存会

 この6つの団体は、昭和42年(1967年)に「東村山市祭囃子保存連合協議会」を結成し、昭和44年(1969年)3月に文化財指定されました。

東村山村誕生
東村山村誕生時の地図

13町の地図
市制施行後の新町名

第55回市民産業祭
市民産業祭での山車の勢揃い写真

お知らせ

 神社のお祭りや、秋の市民産業祭等でおなじみの「まつりばやし」は、東村山市の無形民俗文化財に指定されています。現在、市域の都市化や少子高齢化等の影響を受け、残念ながらまつりばやしを担う人の数が減ってきています。東村山の貴重な伝統文化を後世につないでいくため、下記の3団体で新たに会員を募集しています。まつりばやしに興味のある方は、ご応募ください。

(1)大岱稲荷神社祭囃子保存会
主な活動

  • 1月:稲荷神社元旦祭、2月:稲荷神社初午祭、4月:稲荷神社春季例大祭、9月:萩山八幡神社祭礼・稲荷神社秋季例祭、11月:市民産業祭

練習日

  • 2月から7月、9月から11月、
  • 毎週火曜・金曜日午後8時から午後9時30分

練習場所

  • 大岱稲荷神社社務所
  • 東村山市恩多町3丁目33

(2)久米川囃子連
主な活動

  • 1月:熊野神社元旦祭、4月:熊野神社春季例祭、7月:野際神社夏祭り、10月:熊野神社秋季例祭、11月:金婚蔵開き・市民産業祭

練習日

  • 4月から12月、毎週土曜日午後7時から午後8時(子供)、午後8時から午後9時(大人)

練習場所

  • 野際神社
  • 東村山市久米川町3丁目35

(3)西宿囃子保存会
主な活動

  • 1月:諏訪神社元旦囃子・新春門付け囃子、8月:諏訪神社例大祭、9月:多摩湖氷川神社例大祭、11月:市民産業祭

練習日

  • 年間通じて毎週金曜日午後7時30分から午後10時

練習場所

  • 諏訪神社
  • 東村山市諏訪町1丁目4

お申し込み
(1)から(3)とも
 ふるさと歴史館(電話042-396-3800)へ電話でお問い合わせ下さい。
 年齢・性別・住所は問いません。ただし、お子様の場合、夜の練習に安全に通えるようにご家族の方の送迎をお願いします。

祭囃子とは

祭囃子のはじまり

 祭囃子は貞観十一(八六九)年の京都の祇園祭の際に、祇園囃子が奏されたことが記録に残っている最初のもので、これが全国に広まっていったものと考えられています。
 一説には、江戸の祭囃子は、葛西の香取明神(現在の金町にある葛西神社)の神主、能勢環が享保年間に若者たちに教えたのが始まりとされています。若者たちは近隣のお祭りで囃子を奏し、人気を博しました。それを聞いた関東郡代の伊奈半左衛門が、これは若者たちの教育によい、ということで宝暦三(一七五三)年に囃子を推奨し、広まっていったといわれています。
 この葛西の囃子は江戸の天下祭(山王祭と神田祭)でも囃すようになり、関東一円に広がっていったと考えられています。この流れの中で、葛西囃子から神田囃子が派生しました。また、幕府の御家人の間で流行した目黒囃子も葛西囃子から派生したものです。葛西囃子、神田囃子、目黒囃子、この三つの祭囃子が関東の囃子の源流とされています。

重松流祭囃子について

 東村山市祭囃子保存連合協議会の会員六団体が現在継承している祭囃子は、所沢の古谷重松が創始して近隣へ広まっていった重松流祭囃子です。
 もともと東村山市内には、この重松流の他に、鈴木囃子が伝わっていました(廻田・大岱・秋津)。鈴木囃子は小平の深谷定右衛門が阿佐ヶ谷の「田淵の初さん(横川初五郎、田淵は屋号)」から伝承されたのが始まりで、二代目の深谷運平が名人と言われ、「鈴木流」を創ったといわれています。江戸の祭囃子である神田囃子の系統では、テンポの速さによって、スローなテンポから、大間・中間・早間と分けられますが、この中では中間に属し、静かで優雅な調べです。それに対して重松流は早間です。早間と中間でテンポが違うため、重松流と共演することはできません。市内六団体が昭和四二年に東村山市祭囃子保存連合協議会を結成するにあたり、すべて重松流になったのには、そういった理由もあったようです。
 前述のように、重松流祭囃子は、所沢の古谷重松(一八三九~九一)が創始したと言われています。生家は蒟蒻屋でしたが、麹屋の古谷源右衛門の養子となりました。麹屋では藍染に使う藍玉の行商もおこなっていたので、行商の傍ら、囃子を広めたのではないかと考えられていますが、それだけではなく、出稽古によっても広めていたと考えられています。重松流は所沢・東村山だけでなく、東久留米、小平、武蔵村山、瑞穂、福生、羽村、昭島、立川、あきる野、青梅、檜原、三芳等、多摩西部を中心に広まっています。古谷重松がどの流派の祭囃子を習って自分の流派を作ったかは定かになっていませんが、大國魂神社で笛を習得したという伝えも残っています。また、小平市鈴木町の稲荷神社の手水鉢の銘文から、田淵流と鈴木流との関係が指摘されています。これは横川初五郎(田淵流)、深谷運平(鈴木流)、古谷重松(重松流)の名がいっしょに刻まれているだけで、残念ながらそれ以上のことは銘文は語っていません。
 江戸の祭囃子の源流である葛西・神田は大間、目黒は中間です。したがって、大間の代表的な流派は葛西・神田、中間の代表的な流派は目黒となりますが、重松流は早間の代表的な流派だと言えます。重松流は、「屋台囃子」等では締太鼓(ツケ)が「ジ」と「カラミ」で異なる旋律を奏でたり、即興的に叩き方を変えていく等の特徴があります。また、「ケンカ囃子」とも称され、囃子連同士が演奏しあって競う「ひっかわせ」が行われることもある(同じ囃子連同士で行なうこともあります)、威勢のよい祭囃子です。ジャズのセッションのような即興性や、腕を競い合う、という要素が重松流祭囃子の、大きな見どころとも言えるでしょう。

秋津町祭囃子保存会
秋津神社のお祭りでの祭囃子

大岱稲荷神社祭囃子保存会
稲荷神社のお祭りでの祭囃子

久米川囃子連
熊野神社での祭囃子

西宿囃子保存会
西宿通りでの祭囃子

野口八坂神社囃子連の会
踏切を渡る祭囃子

廻田囃子連
金山神社での祭囃子

このページに関するお問い合わせ

教育部ふるさと歴史館
〒189-0021 東村山市諏訪町1丁目6番地3
電話:直通:042-396-3800  ファックス:042-396-7600
この担当課にメールを送る(新規ウィンドウを開きます)
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