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野火止用水

更新日:2011年2月15日

会期:平成12年11月3日から平成13年2月25日

東村山に暮らす人々にとって野火止用水は身近な川ですが、その歴史となると実はあまりよくわかっていません。まず野火止用水を見る場合、供給源である玉川上水から見なければなりません。玉川上水は、江戸の住民の水道として多摩川の羽村堰(羽村市)から江戸市中まで引かれたもので、通常は玉川兄弟が開削したと伝えられています。
 しかし当時の詳しい史料が残っていないため、この説が正しいのかどうか確かめる術がありません。ある史料によれば、玉川兄弟は開削に失敗し、江戸幕府の老中で川越藩主でもある松平伊豆守の家臣、安松金右衛門がそれを引き継いで完成させたともいいます。

そしてこの説は、野火止用水の誕生とも密接に関わってくるのです。すなわち、玉川上水を完成させた功によって、松平伊豆守の自領である野火止村(現志木市)に玉川上水から分水して用水を引くことが許されたという説です。しかしこれすら確証はなく、玉川上水同様に野火止用水も、その誕生は謎につつまれているといえるでしょう。
 本展示では、こうした玉川上水・野火止用水に関わる様々な説を紹介し、関連資料を展示しました。玉川上水に関しては殊に羽村市郷土博物館からお借りした「玉川上水絵図」を始め羽村堰模型、上水木樋(都内発掘)など。野火止用水に関しては志木市立郷土資料館からお借りした「野火止用水全水路図」や、同資料館および新座市教育委員会からお借りした野火止用水古写真を中心に展示をおこないました。
 なお本展示につきましては、特別展図録『野火止用水~野火止用水・玉川上水の歴史を辿って~』をご参照いただければ幸いです。

展示構成

  • 第1部 野火止用水の流れ
  • 第2部 玉川上水と野火止用水の始まり
  • 第3部 水道としての玉川上水、野火止用水
  • 第4部 水車といろは樋
  • 第5部 清流の復活

このページに関するお問い合わせ

教育部ふるさと歴史館
〒189-0021 東村山市諏訪町1丁目6番地3
電話:直通:042-396-3800  ファックス:042-396-7600
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